御朱印 東京都 神社

〔御朱印〕駒繋神社

更新日:

公開日:2020年12月30日
最終更新日:2024年1月29日 御朱印情報追加

1.御朱印

御朱印は社殿左後ろの授与所で賜ることができます。
いらっしゃらいときはインターホンを押します。
初穂料は500円

受付時間は、9時から17時


源義家の騎馬の図柄をあしらったご朱印と源義家の兜の図柄をあしらったご朱印が月替わりに御領布されます。



2021年1月にたまった御朱印です。
文字の色と印が金色になります。
2023年は因幡の白うさぎと宝船をあしらった御朱印です。





2022年4月からの月替の御朱印です。
2022年4月は桜とうさぎ
2022年5月は鯉のぼりと兜
2022年6月は花菖蒲と源義家の騎馬
2022年7月は七夕と朝顔
2022年8月は風鈴と金魚
2022年9月は十五夜と例祭の御朱印の2種類ですが、
例祭がなかったので、十五夜の御朱印のみいただきました。
2022年10月は菊の花と栗
2022年11月と12月は銀杏と紅葉
2023年1月は因幡の白うさぎと宝船をあしらった御朱印
2023年2月は節分の福豆とご祭神ゆかりの因幡の白うさぎをあしらった御朱印
2023年3月は梅の花とご祭神ゆかりの因幡の白うさぎをあしらった御朱印

2.参拝記録

参拝日:2020年12月27日
東京都世田谷区下馬に鎮座する駒繋神社を参拝。
新年の準備真っ最中でした。
参拝者はちらほらいらっしゃいました。

御祭神:大国主命
御由緒:今から約950年程昔、平安時代後期、御冷泉天皇の天喜四年四月(西暦1056年)源義家公が父頼義公と共に朝廷の命をうけ奥州の安倍氏征伐(前九年の役)に向う途中、この地を通過する際に子の神(当社)に武運を祈ったと伝えられており、少なくともこれより以前に出雲大社の御分霊を勧請し守護神としてお祀りされたと考えられます。

 その後文治五年七月(西暦1189年)源頼朝公が奥州の藤原泰衡征伐のため、自ら大軍を率いて鎌倉を発しこの地に至った時に、往時義家公が子の神(当社)に参拝したことを回想し、愛馬より下りて駒(馬)を境内の松(駒繫松 現在は四代目を育てており境内には松はありません)に繫いで戦勝を祈願したと言われており、この故事により「子の神」が「駒繫神社」とも呼ばれるようになり、明治以降に正式に「駒繫神社」と称せられるようになりました。

 また、新編武蔵風土記には「子の神の境内は五反(1500坪)下馬引澤の内小名、子の神丸にありその所の鎮守なり、此社の鎮座の年歴を詳らかにせず、本社九尺に二間、拝殿二間に三間社地の入口に柱間八尺の鳥居を建てこれより石段二十五を経て社前に至る。又本社の未の方(南南西)にも同じ鳥居一基を建てる。」と記されており、当時の神社の境内の様子を知ることが出来ます。
更に、文化十二年(1815年)に記された世田谷紀行の中には「こは、下馬牽澤村に有りて いと古き世の奥つ城(神霊の鎮まるところ)と見ゆ。堀をめぐらしし中に、丘を高うつきなしたるは、奈良の朝よりあなたのつくりざまになんありける。」とあり、神社の下を流れる蛇崩川が、堀をめぐらしたように見え、その中に突き出た神社の姿は、奈良の世より古い時代の趣があったという当時の様子も知る事が出来、東京の中でも名社の一つであったことがよくわかります。

 当社の創立の年代は定かではありませんが、源義家公が前九年の役に際し、当社にて戦勝祈願された故事を鎮座の起源として、昭和32年に鎮座九百年式年大祭、平成19年に鎮座九百五十年式年大祭が、それぞれ盛大に斎行されました。(HPより引用)

3.詳細情報

住所:〒154-0002 東京都世田谷区下馬4丁目27−26
最寄駅:渋谷駅から東急バス 渋32~34 下馬1丁目下車 徒歩3分
駐車場:なし
URL:http://www.komatunagi.jp/

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