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〔御朱印〕川越八幡宮

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公開日:2024年6月19日
最終更新日:2024年6月19日 

1.御朱印帳


オリジナル御朱印帳があります。
色は水色と桃色の2種類です。
初穂料は御朱印1体込みで2,000円

2.御朱印

初穂料:300円から
受付時間:9時から17時
鳥居をくぐった右手の御朱印所で賜ることができます。


通常の御朱印はまだいただいていません。


2024年に賜った「紫陽花まつりと茅の輪くぐり」限定切り絵御朱印です。
夏詣に参画しており、限定御朱印を出されています。
書置きでの対応で、1,000枚の限定となります。

初穂料は700円。
6月15日からの御領布です。

3.参拝記録

参拝日:2024年6月19日
埼玉県川越市南通町に鎮座する川越八幡宮を参拝。
駅から徒歩で行けるので、平日でも観光客が参拝されていました。

御祭神:誉田別命
御由緒:当社・川越八幡宮は、第68代・後一条天皇の時代の長元3年(1030)に甲斐守源頼信によって創祀されたと伝えられています。
長元元年(1028)、下総国(千葉)の城主前上総介平忠常は朝廷に謀反を企て、安房、上総、下総の3カ国を従わせ、大軍を起こして武蔵国に攻め入りました。この乱は長元の乱と言われ、3年に渡り鎮圧できませんでした。有力武士だった冷泉院判官代甲斐守源頼信が長元3年に平忠常追討の倫旨を賜りました。
 当時このあたりは、豪族河越氏の所領で鎌倉時代、神社後方に河越氏の館がありました。応永32年(1425)には、関東管領足利持氏河越兵庫助の館跡地の半分を当神社に日供料として寄進したといわれています。長禄元年(1457)、川越城が完成しました。築城の名手だった太田道灌は当神社を篤く崇敬し、分霊を川越城内の守護神として奉斎しました。
 爾来、川越の歴代城主、城代の崇敬が深く、特に天正18年(1590)以来の城主・酒井氏一族の崇敬はすこぶる篤く、社殿の造営、神田、神宝の寄進が相次ぎました。酒井氏は国替後も崇敬を加え、しばしば改築費、修繕費等を奉納しました。文化9年7月1日(1812)、姫路城主・酒井雅楽頭源朝臣忠衛は御神号「河越八幡宮」(文字は向鳩形)の額と掛物一幅を奉納しました。寛永2年(1625)には、徳川家光公が日光社参の折、酒井備後守忠利が道中安泰の祈願をし、その功により葵紋付祭器具の寄進がありました。
 明治維新の際には、別当万蔵寺を廃しましたが、川越城主の地の人々は当社を川越の守護神として崇敬しています。昭和51年秋に、当社は埼玉県にて一社、神社本庁第一次神社振興対策モデル神社に指定されました。 創建から約1000年、今も変わらず当社は篤い崇敬を受け、関東一円より多くの皆様からご参拝をいただいております。(HPより引用)

4.詳細情報

住所:〒350-0045 埼玉県川越市南通町19−3
最寄駅:東武鉄道 川越駅下車 徒歩10分
駐車場:あり
URL: https://www.kawagoe-hachimangu.net/

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